山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」の過去と現在を行ったり来たり

【回顧録1】東日本大震災

こんばんは。
今日は体調が悪かったです。二食目の後でやっと薬が効いたのか、こんな時間になって元気になってしまいました。仕事したかったのに……これから少しやります。
 
ちょっと介護の話が続いたので、今日は別の話題を。
 
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並んで休憩中のスズメたち。雪が多くて食べ物を探すのも大変でしょうね。
震災前、近所はスズメが巣を作りやすい古くからの民家が多く、たくさんのスズメが毎日姿を見せていました。
ところが元々地盤が弱い地域です。大きな揺れで全壊や半壊の被害が相次ぎ、取り壊された後はスズメの数も激減しました。あんなに賑やかな鳴き声を毎日聞かせてくれていたのに、本当に寂しい限りです。
 
私の家は土台と外壁にヒビが入り、店舗の床の亀裂には小さな段差、そして二階の鍵を閉めていなかった窓は隙間が空いてしまって、今も鍵が閉まらない状態のままです。
屋内のふすまも普通に中を覗き見できるほど枠が歪み、見渡せばあちこちの壁に小さな亀裂。
 
最初に来てくれた保険会社の判断は半壊、市の判断は一部損壊です。親戚の大工にも見てもらいましたが、すぐには壊れないから後回しだと言われました。沿岸部の被害を思えば当然です。
床下の水道管も壊れ、お湯が使えなくなりましたが、やはり沿岸部が優先、修理は一ヵ月以上先になると言われました。地元の建設業者も水道業者も、皆、沿岸部の仮設住宅建設に駆り出されているからと。
実際、修理してもらえたのは二ヵ月近く経ってからでした。

また、直後は停電も続き、どの店も閉店状態。
スーパーなどは途切れ途切れに短時間開店するものの、商品数は少なく、食料調達は早い者勝ちです。
コンビニの棚は半月以上過ぎてもスカスカ。やはり「沿岸部に優先的に入荷させておりますので」とのことでした。
ガソリンや灯油不足は大きなニュースになりましたので、言うまでもありませんね。

私の親戚の多くは沿岸部に暮らし、二日くらい安否も定かでない状態だったので、不満は感じませんでしたし、当然のことだと今でも思っています。
近しい親戚は、津波で家がなくなっても全員無事でしたが、海に面した平地に住んでいた遠戚は、そのほとんどが犠牲になりました。
家が残り、住めるだけでもありがたいことです。

何が言いたいかというと、あの震災は内陸部にも大きな影響を及ぼしたという事実のみです。
我が家の商売も大打撃を受けましたが、観光業界を中心にリストラの嵐は凄まじいものでした。

うちの外壁ですが、修理に百万円以上かかるらしく、食べていくのがやっとの現状では手が出せません。「危ないよ」と言われても、これ以上は借金もままなりません。
 
今回も重苦しくなってしまいましたね。
外壁のためにも仕事します。そして次回こそは何か明るい話をします。
すっかり夜中になっちゃいました。
それではまた。