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山姥の戯言日記

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従兄の一周忌に寄せて から揚げ 花火などの思い出話

 

あれから一年 今日は従兄のためのブログ

 

あれから1年の空

あれから1年の空 2022年6月17日撮影

 

今日は従兄の一周忌である。

 

www.yamauba.work

 

従兄の親族はうちの家族と未入籍だった奥さんしかいない。

 

そこで格式ばった法要はせず、それぞれの家で祈ることになった。

 

離れていて集まることも難しい上、ブラザーはどうしても外せない仕事がある。

そのため、認知症の父は、昨日からショートステイ(泊りの通所介護)に行っているのだ。

 

私は今朝、仏壇に線香をあげ、手を合わせた。

 

場所は違えど、それぞれ皆、心の中で思っている。

 

今回は供養もかねて、従兄の思い出話を綴りたい。

 

楽しい話しかしない。

 

 

 

 

従兄の大好物 叔母ちゃんのから揚げ

 

従兄に対し、ただひとり、無条件で優しい大人は母だけだった。

 

従兄は母の手料理を何でも美味しいと言って食べたが、中でも1番好きだったのが鶏のから揚げである。

 

ニンニクの効いた独自のタレを、鶏肉によくしみ込ませて揚げる。

 

従兄が来る日は、母は楽しそうに料理をしていたし、従兄も毎回、母の料理を楽しみにして我が家にやって来た。

 

誰よりもたくさん食べて、「叔母ちゃんのから揚げ美味しい!」と言っていた従兄。

 

もちろん私やブラザーが食べても美味しい。

 

でも「叔母ちゃんのから揚げ」は従兄のための料理だと、小さい頃から知っていた。

 

従兄も笑顔、母も笑顔。

 

幸せな時間は確かに存在した。

 

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従兄との花火

 

従兄がお盆に泊まりに来ると、私が1番楽しみにしていたのは花火。

 

従兄がいる間は、夕食後に毎晩していた気がする。

 

高校生になっても、従兄は小学生の私ら兄弟の相手をよくしてくれていた。

 

特に花火などの遊びとなると、私たちと同じくらいヤンチャになってはしゃぐのだ。

 

私はその時間が楽しくて仕方がなかったのである。

 

私とブラザーにとっては、大好きな「お兄ちゃん」だった。

 

真夏の夜の匂い、色とりどりの残光。

 

夏の夜には今でも思い出す。

 

大好きな「お兄ちゃん」と一緒に。

 

過保護? だった従兄

 

私が中学生の頃、従兄が泊まりに来た時の話である。

 

夜、暗くなってから、近所の自動販売機のジュースを買いに行こうとした。

 

すると、なぜか止める従兄。

 

家のすぐ近くの、家から見える自動販売機なのに、女の子が夜に1人で歩くのは危険だと言うのだ。

 

歩くというほどでもないし、いつも買いに行っているし、平気だと言っても聞かない。

 

結局、どうしても行くならついていくと言い、ジュースを買いに2人で外へ。

 

ちなみに、両親は私が1人で外に出てもまったく意に介さない。

よく庭に出て星空を眺めていたものだ。

 

昔住んでいた家は、それくらいのどかで安全な住宅街にあった。

 

自動販売機でジュースを買い、家に戻るまで、誰にも会わず、怪しい人影もなく。

 

それでも満足気な従兄を見て、私は思った。

 

そりゃモテるよな、と。

 

いつか書いたように、従兄のルックスは抜群であった。

 

身長は180cmを超え、ちょっと日本人離れした顔立ちだったのである。

 

ハリウッドスターで似ている人がいたが、昔のことで、名前を失念した。

日本人でいうと草刈正雄さん系で、もっとヤンチャにしたような顔だ。

 

それが女の子に優しいときている。

 

うーん……褒め過ぎたかな?

性格に難ありなのでご安心を。

 

女の子扱いされて嬉しかった話にするつもりが、最後に失敗。

 

でも、これはこれでいいよね、○○。

 

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あとがき

 

最後はこれで締めよう。

 

従兄が大好きだった、私も大好きなディープパープル「Highway Star」。

 


www.youtube.com

 

弔いの曲はこの曲だけでオッケー。

 

従兄もきっと喜んでいるだろう。

 

というわけで、今回は従兄の思い出話を綴った。

 

やっと喪が明ける。

 

それではまた。

 

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