山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」の過去と現在を行ったり来たり

更年期障害とセルフネグレクト(自己虐待)について「私の場合」

こんばんは。

ちょっと体調の悪い山姥です。
 
【 目次 】

ホットフラッシュとセルフネグレクトのお話「私の場合」

今年もホットフラッシュの季節が始まりました。
同世代の女性ならご存知の「のぼせ」の激しいバージョンですね。日中、お湯で洗い物をした途端、ガーッと物凄い勢いで顔が熱くなり、動けなくなるほどの倦怠感に見舞われました。
なんとか涼しい場所に避難し、薄着になり、落ち着いてから作業を再開。米を研がなくちゃご飯が食べられませんから。
 
私の場合、冬の間はほぼ起きないのですが、暖かくなってくるともう駄目です。
特に倦怠感は回復に時間を要し、指先にも力が入らなくて物は摘まめないし、派手な色が目に映るのも苦痛で、テレビ画面もパソコン画面も見られません。やっと落ち着いたかな?と思って動くと、またガーッと始まって、それを繰り返しているうちに徐々におさまっていくのです。今からこれですから夏なんてもう。
 
というか長くないか? 私の更年期障害。「早い更年期」と病院で言われてからそろそろ10年だぞ? 早く始まったんなら早く終わるべきではないのか? いくら人によって違うと言っても理不尽だ……が。
セルフネグレストのツケだと思えば自業自得でもある。月一でも病院に通っていることさえ奇跡だと言えよう。
 
そうです、自分のためのことができない病気で、和訳すると「自己虐待」。
これは「私の場合」ですが、家族のための家事はできるのに、自分が死にかけたって病院にもいきません。私は家族につれていかれて命をとりとめました。あの時は一週間、ほぼ点滴生活で、その後も頻度は減ったものの何度も点滴をしました。
 
今、月一で心療内科に行けているのも、家族のために家事をしないといけないからで、もし一人暮らしだったら「ゴミ屋敷で孤独死」とニュースになるタイプの人間です。
誰だって死ぬ時は一人で死ぬのに、わざわざ「孤独」を強調するのは嫌味か?と思うくらいで、自分がそうなろうと何とも思いません。ちょっぴり屁理屈。
 
ああ、また内容が重苦しくなってきてる。あの頃に比べたら、これでも少し良くなってると自分では思ってます。ブログを書く意欲はあるし、通院以外でも玄関の外に出て、空を見上げたり写真を撮ったりできるようになったのですから。全体から見れば微々たる変化ですけどね。
 

今日の画像 いつもの斜面の木々と真っ白なふくろう

にっくき太陽が照らし出す美しいものたち。
イメージ 1
地面に緑が見え始めています。斜面が崩れて本数は減りましたが、昔は桜の木がいっぱいでした。
 
イメージ 2
そしてやや不機嫌なまま仕事に戻った私。昨日と違って白く燃え尽きかけています。
いえ、仕事には責任があるので実際に燃え尽きたりはしませんけどね。
 
今回はまとまりのない病気の話でした。
それではまた。