今週のお題「感謝したいこと」
うつ病の私が感謝したいことをいくつか並べてみた
今回は、はてなの今週のお題「感謝したいこと」をテーマに記したい。
感謝したい相手は、認知症の父、ブラザー、シラサギと月である。
父への感謝など、恨みつらみを持つ私には珍しいことだが、感謝せざるを得ない出来事があったのだ。
まずはその出来事の話から。
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認知症の父がブラザーを助けていた!
3日前の夜のことである。
その日は父がショートステイ(泊りの通所介護)から帰ってくる日。
身体の疲労感が抜けないブラザーは、父が帰宅する前に温泉へ行った。
温泉には銭湯と同じように利用できる場所があり、自宅で入浴するより疲れが取れるといい、彼は時間がある時に度々利用していた。
近頃は何かと忙しかったので、久々にのんびり温泉に浸かることができたようだ。
帰宅して父を出迎え、普段通りの夜を過ごしていたはずなのだが…。
ブラザーが廊下を歩く度に、ドンッドンッと壁にぶつかるか叩くような音がする。
私はその手の音がトラウマになっているので、息を潜めて階下へ行かずにいた。
もしかしたら、疲れ過ぎた彼が爆発しているのかもしれないと思って。
1時間は経ってからだろうか。
突然、1階から食器かごを引っくり返したようなド派手な音が響き渡った。
ガラガラガッチャーンと。
ただごとではない。
私は呼吸を整え、ゆっくりと階段を下りた。
するとブラザーと父の声が聞こえ、どういうわけかどちらも穏やか。
恐る恐る戸を開けてみると、2人が寄り添うように立っていて、ブラザーは何度も父に助けられたと私に言う。
テーブルに手をついて寄りかかり、父に支えられながら。
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ブラザーが転び、父に助け起こされたのだとようやく理解した。
父がいろんな部屋から持ってきて床に置いていた焼き物類が転がっていたので、派手な音の理由もわかった。
問題はブラザーが怪我をしていないかどうか。
焼き物類に割れているものはない。
本人も大丈夫だと言う。
でも言うだけでなかなか動けない。
おそらく温泉に入ったことで血行が良くなり、いつもの酒量でもふらつくほど効いたのだろう。
大丈夫じゃない酔っ払いほど「俺は大丈夫」を連発する。
以前も書いたが、高齢の父はまだ足腰は強いし力もある。
ただ認知症のため判断力が鈍っているので、ブラザーをベッドまで連れて行こうとしたら、向かい合って抱擁する形になった。
どうしてそうなる……。
たぶん腰を打ったせいで、ブラザーは文字通り足腰立たない状態。
父に支えられてようやく立っている彼に、父と肩を組んで同じ方向を向かせるのに10分以上要した。
「肩を組んで」と指示しても両者とも理解できず、私が腕を取って肩を組ませても、すぐにまたハグの姿勢に戻ってしまうのだ。
おまえら……。
高齢と中年の父子の抱擁を見続ける身にもなってほしい。
とにかく四苦八苦しつつも、何とか肩組み成功。
ゆっくり前進させると彼の足は動いたので、座骨や腰の骨が折れていないとわかり、密かにホッとする。
スムーズとはいかないまでも、進み始めると思ったより早くベッドに到着した。
すぐに寝入りそうな彼に羽毛布団をかけ、こちらは終了。
次に父を寝かせ、ようやく自室へ戻ったら1時間以上経過していた。
ブラザーは父と違い、程よい酒量をわかっていて自制心もある。
よほど疲れていたのだろう。
そうでなければ、あんなに酔いが回るはずがない。
昨日、起きてから話をしてみると、昨夜のことはまるで記憶にないという。
転んだことを教えると、どうりで腰が痛いはずだと納得していた。
おそらく尻もちをついてから倒れたものと思われる。
腰は仕方ないとして、無傷で済んでよかった。
頭部とか、当たり所が悪くなくてよかった。
父もいたのだが、父が助け起こしてずっと身体を支え続けたことを話しても、父は不思議そうな顔をしてまたテレビに視線を戻した。
前夜は不安そうにしていたのに、ブラザーがいるだけでいつも安心しているのが父である。
本人は忘れてしまっても、父には感謝感謝の出来事だった。
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常日頃から感謝しているブラザーに
更に感謝しなくてはならない件といえば、従兄のことだ。
術後の説明はちゃんと受けたのに、また手術に関することで話があると連絡があったらしい。
来月の初めに行くことになったが、今になって手術の話となると、おそらく再手術をしなくてはならないのだろう。
実は先日の手術で取り切れなかったガンの部分があり、小腸と食道を繋いだ部分にも不安が残ったままの状態が続いていた。
どちらかの手術ならまだいいが、最悪の場合、転移が見つかった可能性もある。
医師は余命について言及しなかったようなので、私がブラザーに伝えた。
ステージ5とはどういう状態であるか。
長くはないこともはっきりと。
奥さんはわからないが、ブラザーには心の準備が必要だ。
何かあった場合、すべてを取り仕切るのは彼なのだから。
自分の母親と同じようになり、母親と同じ歳で逝くつもりなのか、あの男は。
奥さんは私たちの近くに引っ越し、2人で余生を送ることを夢見ていたのに。
いや、今回はこの辺にしとこう。
それよりブラザーへの感謝だ。
彼は何もかもすべて1人で背負ってくれている。
ん~、いかんな、どんどん重苦しく暗くなってきている。
でもあまり面と向かって言えないからいっか。
Hey! My Brother! いつも感謝してるぜ!
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シラサギと月に感謝
ここは喋り言葉でいく。
私の場合ね、鬱(うつ)の軽い日なんてないのよ。
いつも通りか、重いかのどっちかなのね。
抗うつ薬2種飲んでても効かないの。
夜飲む方はミルタザピン(リフレックス)っていうんだけど、ほんの短期間だけ10時間以内の睡眠で安定してたのに、ちょっとしたことで副作用の過眠が戻ってきちゃったんだよね。
最近はまた12時間は平気で眠るようになったの。
副作用が出るなら作用も出ろよって思うんだけど、うまくいかないんだよねぇ。
起きると昼過ぎで、動くまで1時間くらいぼーっとしてるかな?
その時が1番希死念慮が強いんだ、これが。
やばいと思ってさっさとご飯食べて朝の抗うつ薬を飲んでしまえばいいんだけどね、わかってても身体が動かないのよ。
昨日の朝がそうだった。
それでも何とか希死念慮を振り切って、ご飯を食べて薬を飲む。
空腹だから食べるってよりも、薬を飲むために食べてる感じ。
趣味のデジカメに触れる機会もめっきり少なくなってた。
前回の記事にも書いたけど、好きなこともやりたくなくなるのは鬱の症状。
去年の今頃は業火に焼かれる感覚の中、のたうつような苦痛を感じていても、今より「生きていた」と思える。
今は薬の作用で麻痺しているのか、それらの感覚は薄い。
ただ一つ言えることは「鬱が悪化している」ということだけ。
前置きが長くなったけど、そういう時に換気で窓を開けて、シラサギの姿を見つけると一瞬で気分が切り替わるんだよね。
ハッと目が覚めたように、自然にデジカメに手が伸びて、いつの間にか夢中になって撮影してるの。
野鳥オタで、以前は全部の名前が言えたほど。
記憶があやふやになってからは、身近な野鳥以外は全部忘れてしまった。
それでも好きな気持ちに変わりはないみたい。
毎年秋に現れて、初夏の頃までいてくれるんだけど、いつ来なくなるかわからないからね。
見ると、とにかく嬉しくなってしまうんだ。
デジカメはいつも側にあるけど、シラサギが現れるのがいつ最後になるかわからない。
シラサギを見て気分が変わるのは、その差だと思うんだよね。
しかもしかも!
ふと左側の空を見ると、昇ってきたばかりの月が!
またしても、どこまで大きく撮れるか挑戦。
暗くなるとただの光にしか写らなくなっちゃうからね。
思い切って最大MAX。
う~ん、やっぱり粗い。
画素数とかいう数値の問題だろうか。
それとも単なる手振れ?
私は野鳥オタになる前からずっと天文オタだった。
小さい頃の夢は1位が宇宙飛行士、2位がプロ野球選手、3位がバレリーナだった。
小学1年生の時、宇宙飛行士になるための資格を調べたら、なんと近眼はNG(今はわからないけど)。
既に近眼でメガネまで作ってもらっていた私の夢は儚くも散った。
ちなみにメガネはどう調節してもレンズにまつ毛が当たるので、中学までは裸眼で過ごした。
科学雑誌ネイチャーを欠かさず読み、恒星も3等星までならほとんど名前を言えた。
でも記憶があやふやになってからは(以下略)。
そして、ちょうどブラザーが灯油を買ってきたので外に出る。
空のポリ持って行って入れてくるのはブラザーの仕事、灯油が入った思いポリを運ぶのは普段から私の仕事である。
ついでに庭の画像も1枚。
薄暗くなり始めの日陰で申し訳ない。
1輪の小さな菊とヤブランの実がいい感じに並んでいたので撮った。
でもやっぱり植物は明るいうちに撮るに限るな。
ちょっと話が逸れたけど、シラサギと月にスイッチを入れてもらい、力仕事をして少しばかりスッキリした昨日だった。
今年も現れてくれたシラサギに感謝、変わらず地球の衛星でいてくれる月に感謝である。
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あとがき
ディープパープルを聴きながら書いたらかなりはかどった。
ヴァンヘイレンはエディが思い出されるのでまだ聴くことができない。
ディープパープルはヴァンヘイレンと並ぶくらいに大好き。
どっちも小学生の頃から聴いてるからね。
偉大な2グループにも感謝。
こんな風に「好き」がたくさんあるうちは大丈夫だと思える。
「好き」は私を生かしてくれて、それが感謝になるんだね。
以上、今週のお題「感謝したいこと」私の場合編でした。
それではまた。
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