山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」過去と現在を行ったり来たり

【認知症介護】うつ病の子による真夜中の父親救出作戦!

返事は聞こえるけどどこにいる?  父がいたのはなんと…

  

【認知症介護】うつ病の子による真夜中の父親救出作戦

庭に咲いた紫の花

 

今回はクイズではないので、そこんとこよろしくぅ!

 

実は16日深夜、衝撃的なことが……と大層なタイトルをつけてみたが、客観的に考えるとそんなに驚くような話でもない。

ただ私にとっては驚くとともに初めて直面した場面だったという話題。

 

介護をなさっている方から見れば、特に意外な話題ではなかろう。

なので介護あるあるだと思って、介護はまだ先という方たちにも軽い気持ちでご覧いただきたい。

  

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【認知症の父】夜中に起きて動き回るようになった

夜中に起きてしまうのは仕方がない。

老いると眠りが浅くなるし、父の場合は寝るのが早いのだ。

夕飯後、1時間もすればもう寝ている。

 

昼寝をしっかりしても、夕食後は眠くてしょうがないらしい。

昔からの習慣になっているので、その流れは改善できないだろう。

 

でも昔と違うところ。

夜中にトイレに起きたり、水を飲みに起きたりしても、直後にすぐ眠れたのにそうはいかないのだ。

ウトウトした状態で見た夢の続きのような話をするし、しっかり起きてしまって真っ暗な中、何やら独り言を言いながらガサガサゴソゴソ

たまにガッチャーン

 

ある晩は、何かを探しているのだという。

何を? と訊いても、それがわからないらしい。

でも探さなければとガサゴソをやめないので、こちらも止めない

 

何かを言ってくれれば、それが存在しないものであっても、一緒に探してあげるふりはできるんだけどね。

 

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まだ今のうちは、本人が納得するまでやりたいようにさせるのが一番

 

ある晩はこれから散歩に行くという。

まだ夜で真っ暗だと教えると、驚いて言うことを聞いてくれる。

何度も警察のお世話になってるよ、という部分が肝心のようだ。

自分の名前や母のことは忘れても、まだ父の理性は生き残っている

 

今の父のように、自我や理性だけが残っている状態はかなり辛いだろう。

自分の名前も言えず、読み書きもできなくなり、その自覚だけは忘れないのだ。

 

ある晩は、仕事の準備をしているといって、たくさんある本を散らかし放題

もちろん仕事の予定などないが、プライドだけは傷つけないようにする。

私も鬼ではない。

山姥(やまうば・やまんば)なだけだ。

 

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【認知症の父】家の中で行方不明に?

そして16日深夜、事件は起きた。

ガサコソカチャカチャと音がし、1階を歩き回る父の足音も

ああ、またお仕事してんだねと思い、しばらく放っておいた。

 

倒れたり転んだりしたような音がしない限り、私は邪魔しに行かない。

そんな音がしたら、もしブラザーが父と一緒にいても焦って見に行く。

 

1時間くらいしてからだったろうか。

階下の音は静かになり、私は眠剤を飲むための白湯を取りに行った。

 

何か様子がおかしい。

というか、父の気配がしないことに気づいた。

 

キッチンに入りながら父を呼んでみても返事はなし。

店舗に繋がる引き戸は開いたまま。

まさか外に出た?

一瞬で身体の芯が凍りついた。

 

父は玄関の鍵の開け方を忘れてしまったが、なぜか店の鍵は開けられる。

過去の行方不明の件も、経路は店の入り口から始まっていた。

 

真っ暗な店舗に顔だけ入れ、また父を呼ぶ。

落ち着いて見ると店舗内側のウィンドウシャッター(?)はすべて下りている。

父が外に出る時は、そのシャッターを上げないと鍵を開けられない。

 

中にいると確信し、徐々に声を大きくして呼び続けた。

すると、かすかにかすれた呻き声が

 

もう一度呼ぶと、今度はちゃんと返事が聞こえた。

今まで寝ていたに違いない、起こされた時の声だった。

 

私の聴覚は不協和音がなくなっただけで、音がする方向は依然としてわからないまま

どこに寝ているのかわからない父に、店は寒いから布団で寝ようと優しく諭す。

全神経を集中し、方向を探りながらである。

 

寝起きでいきなり電気をつけると、父はいつも不機嫌になるが、埒が明かないので謝りつつ明るくした。

とにかく父がどこにいるのかを把握しないことにはどうしようもない。

 

そして私は想像だにしなかった現場を目撃することになるのである。

 

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【認知症の父】父よ、いったいどうすればそうなるのだ

やっと父の姿を確認することができた。

ショーウィンドウの裏のめっちゃ狭いスペースに横たわる姿を。

細身のブラザーや私でさえ、横向きのカニ歩きで移動する場所である。

 

案の定、文句を言われたので電気を消す。

すると四苦八苦した挙句、今度は起き上がれないと訴える父。

 

よし、あきらめてくれたと、再び詫びながら明かりをつける。

今度は文句を言わず、素直に救出を待っているようだ。

 

よくよく父の状態を見ると仰向けで、完全に挟まっている状態

電気の付け方も忘れた父は、真っ暗な中で動き回っていたはず。

ショーウィンドウの裏に行くには結構な段差を下りなくてはならない。

 

察するに、段差か何らかの原因で転び、自力で起き上がろうともがいているうちに仰向けになってしまったものと思われる。

そして疲れてそのまま眠ってしまったと。

 

でなければ頭を強打していたはずだ。

受け答えはちゃんとしていて痛いところもないと言う。

ひとまず安堵はしたが、問題はこれからだ。

とにかく一刻も早く、身動きの取れない父を救出しなくてはならない。

 

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【認知症の父】ブラザーを起こさず1人で救出した理由

身体全体を横向きにできれば、自力でも起き上がれるだろうが、それすら父には無理な状態である。

まずは上半身を起こすことから始めねば。

 

ブラザーを起こすなどという発想は端から頭に浮かばなかった。

私は父やブラザーより足腰が強く、彼ら以上に重いものを持つことが可能だからだ。

チビでも無駄に力だけはある。

ただ、男性より腕力が強いという意味ではなく、瞬発的な場面のみに発揮される力だ。

 

男子と一緒に野球をしていたのに、小学5年生で女子は皆ソフトボールに変更された。

そういう時代だったのである。

 

野球に未練たらたらでソフトに身が入らず、家ではひたすら素振りに熱中した。

バッティングフォームとヘッドスピードは男より上と父に評された。

ブラザーは玄人好みの球さばきを見せるヤツと。

皮肉にも兄弟そろって鉄欠乏性貧血になり、野球への道は閉ざされたのだが。

 

腕力ならもちろんブラザーの方が上ではあるものの、彼は腰が弱いという弱点を持つ。

足腰の強さと瞬発力だけが武器のチビは、腕力に劣る分、勝つための戦術を幾通りも持つ。

 

乱暴に言うと、これは健全な社会生活にも活かせるのし上がり法である。

不利な者ほど頭を使い、神経を研ぎ澄ませ、勝利に繋がる情報収集など、あらゆる面で手を尽くすのだ。

 

長年ブラックアウト状態で、今も瀕死な私が言っても説得力はないが。

それに平成の方が生きた年月が長いのに、頭はカチコチの昭和である。

考え方が古臭いのは否めない。

 

さて、父の話に戻そう。

 

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【認知症の父】すっぽり挟まった父をどう救出したか

先に申し述べておきたい。

私は介護に関する専門的知識はほぼ0に等しく、何かを教わったこともなければ、読んだこともない。

これが私のうつ病が、当初「介護うつ」と診断された所以である。

 

今でも介護のすべてを拒否するまで追い詰められてしまっている。

でも目の前に身動きが取れずに窮している父がいる。

私にとっては認知症も介護も関係のない事態だ。

 

認知症以後の父は身体が固くなってしまい、無理な動きはさせられない老人である。

言葉で指示をしても意味が理解できない老人。

私が力を使うしかない。

 

まず片腕を出させて私の手首を掴ませた。

サウスポーだったので自然に左手を出してくる。

私も両利きに近く、左右どちらでも力を出せる。

 

両者とも互いの左手手首を掴むことによって、私が引っ張れば自然に父の上半身は斜めになり、起き上がりやすくなる。

実際、上半身はスムーズに起き上がらせることに成功した。

 

座っている格好になったので、次は膝を立てさせる。

体育座りの姿勢にさせ、周囲の除けられる物はすべてよけ、今度は両腕を手首掴みで結んだ。

 

一気に立たせるのではなく、まず腰を上げさせるため。

父が膝を曲げたまま私が引っ張れば、前傾姿勢になって自然に腰が浮くはず。

これも無理なく、ゆっくりだ。

 

一番力を使ったのがここである。

説明しながら引っ張っていたのだが、父は一気に立ち上がろうとしたようで、逆に私を引っ張るように力を入れてしまう。

いくら老いたとはいえ元バリバリのスポーツマン、私は必要以上の力を要するし、固まった父の身体にも無理が生じる。

 

まずお尻を上げてみる感じにすればいいんだよと再度言うと、やっと理解したようで私が引っ張られる感覚は弱まった。

父が理解すると同時にすんなり腰は上がり、ここまでくると9割方は成功である。

 

膝を伸ばすと、父はやっと解放されたような声で喜んだ。

段差を慎重に上がるまで、よろけないようにずっと手首を握っていた。

 

いつもと違う場所で目覚めた父には、ここが自分の家であること、寝る場所や布団の入り方も教えなくてはならなかった。

ここで寝ていいのだと納得すると、ようやく父が笑顔を見せる。

 

私のやり方が正しかったかはわからないし、今となってはどうでもいい話。

身体の衰え具合や精神面、体調など、個人差もあるのでお気をつけ願いたい。

介護についてはここまでなので、「よかったね」という感想で終わりたい方は、ここでお別れです。

読んでいただき、ありがとうございました。

 

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【セルフネグレクトの能面】父救出後の私の場合

こいつのせい。

それともこいつが私なのか。

 

実は私は触覚過敏でもあり、人に触れたり触れられたりすることは苦手。

いや、苦手を通り越して無理である。

父に手を差し出した時、私は自分が切り替わったのをはっきり感じた。

 

父を救出したのは触覚過敏じゃない私。

できないことだらけの母の介護をしていた私。

 

重度にまでなってやっと治療が始められたところで、正直、どの薬も効いているとは言いがたい。

サインバルタは不協和音をなくしてくれたけど、鬱はずっと変わらない。

私の中のセルフネグレクトの代名詞、「能面」はまだしっかり潜んでいた。

最近は「死神」と呼ぶことが多いが。

 

以前も書いたと思う。

親の面倒をみるのは義務ではあるが、子の自己犠牲は義務ではないと。

 

私はセルフネグレクトはうつ病とともにあると考えている。

脱セルフネグレクトを謳って始めたこのブログ。

うつ病と診断されてからは闘病記録に軌道修正した。

 

これ以上、病状を悪化させないために、できないことはしないと宣言したのに、それすら不可能なのが現状である。

これが私の宿命。

 

諦めるつもりはないし、父を1人で助けたのも正解だったとは思っている。

でも部屋に戻ってから、急によろけて派手に転んだ。

怪我はなかったけど、どれだけストレスの反動があったことか。

 

何のために生きているのかという疑問は、「宿命」という一言で片づけている。

希死念慮を少しでも遠ざけるために。

 

過去記事より引用。

『砂の器』の「宿命」という言葉。

自分では変えられないもの、どうにもできないもの。

それを生きるということ。

 

申し訳ないが原作は読んでいない。

これは母の介護中に観たドラマで、もっとも胸に刻まれた言葉である。

ちょっと大げさにいうと、諦念とともに、私に理念をもたらした。 

 

www.yamauba.work

 

生きるしかないのだ。

今ある世と身の上で。

 

捉えようによってはネガティブにもポジティブにも変化する。

誰でもいつかは死ぬのだから、それまで生きてみるのも悪くはない。

 

重くなってしまったが、まあ、こんな感じの日々である。

もの凄くお腹が減ったので、今回はここまでにしよう。

それではまた。

 

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お題「#おうち時間