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山姥の戯言日記

うつ病 解離性障害 セルフネグレクト 骨粗鬆症の闘病・雑記ブログ「私の場合」

従兄の奥さんが心配【愛こそすべての根源】メガネメガネ~?大捜査

 

従兄の奥さんの心配とメガネ大捜査作戦!

 

砂利道におりて餌を探すスズメ2羽

地面で餌を探すスズメ2羽 2019年12月14日撮影

 

昨日はブログ更新を休んだ。

従兄の件からの鬱(うつ)は相変わらず。

 

とりあえず、今回は2日分の記録となる。

 

 

 

 

 

昨日の体調・精神状態 従兄の奥さんは本当に大丈夫なのか?

 

睡眠導入剤ゾルピデムはちゃんと効いてくれて、ちゃんと眠れた。

 

一方で抗うつ薬サインバルタ

60mgにして10日になるが、こんなものなのだろうか。鬱の重さは一昨日の400キロからわずかに減り、370キロくらいな感じかな。普段の重さを100キロと仮定してね。

 

気になってるのは従兄の奥さんのことだ。

これまでの顛末はこちら。

 

www.yamauba.work

  

www.yamauba.work

 

あ、12日の「従兄弟(いとこ)」表記を直すの忘れてた。兄弟も出てくるから「従兄」にして、兄弟は「ブラザー」で統一しようと思ってたんだ。従兄弟と兄弟が一緒に出てくると目が滑りそうだもんね。後で直しておきます。

 

で、奥さんなんだけど、精神科で入院を勧められるほどの病状なのか、興奮して取り乱した状態が続いていたのかはわからない。医師の言葉を伝え聞く限り、既に何らかの治療は受けていると思われる。

不眠とか、食欲不振とか……或いは介護による精神不安定状態とか?

 

最後のがもっとも有力だけど、それならとっくに介護プランは変わってたと思うから、やっぱ違うか。警察を呼んだのは一度や二度じゃないってのに、ケアマネさんたちがそのままにしておくわけないもんね。

 

でも、うちが認知症の父のショートステイを諦めるしかないように、あちらもその状態を維持するしかなかったという可能性もある。

 

奥さんが働いていて、今のマンションの家賃では、従兄は生活保護も受けられない。だから経済的にはもっとも苦しいところだろう。訪問介護などを利用することができるのか、来週ブラザーも行く話し合いではっきりするのだと思う。

 

問題は従兄の後遺症の被害妄想もあるが、彼は元々わがままで人の忠告を聞き入れない性格だということ。

救急車で運ばれる数日前から兆候は表れていたのに、「大丈夫だ!」と言い張って大好きな酒を飲み脂っこい料理を食べ続けていたらしい。

 

伯母そっくり。ちなみに彼の母親は肝臓を患って亡くなったのが60歳。アルコール類は飲めない人だったけど偏食が酷かった。周囲が忠告しても好きなものしか食べない。そんな母親に似た従兄も、もう60歳に差しかかっている。

 

伯母の入院中、まだバリバリに車の運転ができた私は、1時間半かけて毎日のように伯母の病院に通った。本人はもう手の施しようのない病状で、モルヒネ注射で痛みを抑えるだけの治療。

注射の効果で常に夢うつつな感じだったけど、私に「退院したら○○に行ぐべしな」「退院したら○○食いに行ぎでえな」と実現できない夢ばかり語った。

 

よく考えたら、あの日々も私は「介護」の一環を担っていたんだなあ。

母や、介護が本職の2番目の伯母のように付き添うことはできなかったけど、洗濯物や付き添い人の食事を持って、毎日のように通っていたのだから。

 

息子である従兄は仕事が忙しいといってなかなか顔を見せなかった。代わりに当時一緒に暮らしていた妻同然の女性が付き添いを代わったりしていた。上の過去記事に書いた、後に自己破産させられる女性である。

 

母親が最期を迎える病院とわかっていて、入院費も滞納していた息子だ。営業の仕事をしていたんだけど、そのハッタリの高級時計売り払ってでも病院に誠意尽くせよって思ったね。

 

何で従兄の悪口ばかり書いているかというと、自分がどれほど果報者かを自覚していないであろうからである。わかりやすく言うと「ムカつく」。

 

どんなに過酷な介護であっても、それを生き甲斐だという女性がいるんだよ?

彼には過ぎたお相手だよ。

そりゃ身内だから、良いところがあるのは知ってる。

でも人としての誠がないのも確かだ。

 

ああ……もう、ただただ奥さんが心配でたまらない。

「やりたいこと」と「できること」は違う。心があんなに悲鳴を上げているのに、それでも続けたいと言われたら止められないじゃないの。立ち入れないじゃないの。

 

愛。

 

すべての根源はそこに在る。

私の恨みも突き詰めればそこに辿り着くはずとわかっている。

厄介なもんだねえ。

 

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ブログ更新を休んだ理由 原因がわかって気が抜けた

 

いろいろと感慨に耽りながら、ブログを書こうとパソコンを起動した。

最初は順調だったのに徐々に動作が遅くなり、文字を打ってもすぐ表示されず、表示されても変換に時間がかかるようになってきた。

ブログはまだ最初の見出し。一つ一つの作業に10秒以上はかかるようになってしまい、私はあっさり諦めた。

苛々状態を持続させるのは、今の私には避けなければならないことである。

 

ファイルを閉じるのもすごく時間がかかったが、なんとか一旦パソコンを消すことができた。まあ、理由は勿体つけるようなものではなかったので、こちらをご覧あれ。

 

そう、更新プログラムが陰でダウンロードをしててね、幾つかのインストールと再起動がしたかったらしいの。ちゃんとお知らせ表示されるように設定してたのに、昨日はなぜ黙って我慢していたのか。

 

わりとマメにクリーンアップするタイプなんだけど、画像のたまり過ぎは確かに気になっていた。ちょっとビックリするくらいの数字になってたもんで、この機会にかなり片づけたよー。

 

後は皆さんのブログ巡り。グーグルサーチコンソールのサイトマップはまだ読み込まれないし、何か別の作業もしたなあ。

というわけで、Windows更新プログラムに惑わされたお話でござった。

 

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やっと今日の件 やっさん張りの「メガネメガネ~」 

 

今日も目覚めは良好。頭痛すらなかった。

昨日は370キロだった鬱の重さ(通常100キロと仮定)は、本日は180キロ。かなり通常に戻りつつある。

 

だが、いつも眼鏡を置いてあるはずのベッド脇に手を伸ばしても ない

時々、テーブルやパソコンの上に置いて寝てしまうことはあるが、昨夜は確かに定位置に置いた記憶がある。でも ない

 

本格的に起き上がって捜索を開始する。

見える範囲に近づいて確認したものの、やはり置き場所を間違えたわけではないようだ。ということは、「落ちた」としか考えられない。

これも時々あるのだが、寝返りを打った際に毛布の端が台や眼鏡そのものに当たり、床に落ちることがある。高さはないし、床はカーペットを敷いているので壊れることはなく、落ちる場所もだいたい決まっている。

 

しかし、そこにも ない

 

ここで脳内に亡き横山やすし師匠の登場である。

動きもほぼ同じである。

若者置いてきぼりネタですまぬ。

 

私は小学1年か2年でもう眼鏡を作られるほどの近視だった。20代と母の介護が始まるまではコンタクトレンズを使用していたが、頭痛に耐えられなくなって久々に眼鏡を作りに行った。

ところがである。

病院に行ってください」と匙を投げられるほど視力は衰えていたのだ。両目とも0.001以下、どのレンズで試しても1.5以上にはならない。渋る眼鏡屋に「1.0見えればいいから」とゴリ押しして作ってもらったのである。当時はうちも、私自身も経済的に余裕があったので、8万円を超える金額もポンと払った。

 

その眼鏡を現在も使用しているのだ。眼鏡をしても1.0以下なのは確かだが、裸眼で生活するより危険は少ない。

だからなくてはならない眼鏡。やっさん張りの動作でベッドの上、毛布1枚1枚の隙間、床まで探ってみたが、手に眼鏡が当たることはなかった。捜索範囲を広げても同じ。

 

困り果てていたが、パッと閃いた。デジカメである。

裸眼で見えなくても、デジカメで写した画像に目をひっつけて見れば、眼鏡が写っているかもしれない! これは普段から「撮影してから写っていることに気づくことが多い」という独自の習性を応用した策である。

 

そして、これがばっちりハマった!

手で探したすこし先に、はっきりと眼鏡が写っていたのだ!

これは画期的で斬新な物の探し方ではあるまいか?

私くらいしかしないであろうが。

 

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こうして私の1日が始まり今に至る。書くほどの出来事は特にない。

2日分書くと脳が疲れるということを思い知っているくらいか。

 

それではまた。

  

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