山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」の過去と現在を行ったり来たり

久々の庭と真上の空

こんばんは。

日中戻った暑気にうんざりぐったりしていた山姥です。

今はまた秋の風になりました。夜になったら秋スタイルに戻らないと。

 

今日は父のデイサービス2回目の日。反応や感想は淡白ですが、悪くないみたいです。もう少し状況を把握してから、ちゃんと書きますね。ショートステイに向けてのステップです。どうか、父にとっても良い方向に進みますように。

 

さて、私はといえば夏に負けっ放しも飽きたので、今日は約一ヵ月半ぶりに外に出て写真を撮ってみました。昨日まで載せていた画像はすべて家の窓から撮影したものか、過去に外に出た時に撮ったものばかりでした。

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カエルちゃん、お久し振り~。すっかり植物たちに囲まれちゃってたのね。

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というか、植物たちの勢いが凄くて怖い。

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「キ、キ、キミは誰だね?名を名乗りたまえ!」という気分になります。

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ここなんて昨年の秋、多忙な兄弟に代わって私が草むしりをした場所です。そりゃもう根っこから掘り起こすようにして、殲滅したと思っていました。Sサイズのススキみたいで可愛いことは可愛いですが、どこから来たのかと詰問したいものです。

 

気を取り直し、裏の庭の芍薬の木を見に行こうとしたら、行けない……。裏庭への道も根こそぎ草むしりしたはずなのに、私の胸の高さほどの草が生い茂り、誇らしげにシャンと花まで咲かせているではありませんか。世界に一つだけの花かよっていう。

蚊もいっぱいいるし、仕方なくお隣の敷地に入らせていただいて撮りました。

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これ、芍薬のはず…自信はありませんが。北北東向きに咲いているのは一つだけでした。しかも遠いのでズームしたら、微妙にピンボケに。

 

私の記憶が少しずつよみがえってきました。うちにある木は芍薬、藤、八重桜、寒椿、紫陽花。兄弟が言っていたことも思い出しました。アケビの木もあると。

むかーし一番の大木があって、それは百日紅(さるすべり)でした。母の思い入れが詰まった見事な大木で、花もたくさん咲かせるようになり、いろんな野鳥が現れていたのです。でも、大きくなり過ぎて……病み始めた頃の母の意志で、その木は庭から消えました。私は植物に興味が薄く、無知ですが、喪失感を覚えた記憶があります。

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目の前をモンシロチョウが飛んでいき、「うわぁ、今年初めて見た」と感動していたらこんな光景が。一つ季節を飛ばして外に出ると、感動も2倍です。いや、言うほど感動してるわけじゃないですけど、自然に触れている自分が人間になった気がして。

山姥が、ちょっとだけ人間になる瞬間とでもいうか。

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そして、今まで外に出る度に、ほぼ毎回撮影してきた「真上の空」。すっごく久しぶりです。木の枝だらけなので、空がたくさん見える位置まで移動して撮りました。ちょっと斜めに伸びているのは消えかかっている飛行機雲です。

 

記憶が徐々にはっきりしてきているのは、辛い思い出を底に沈めようとしているからなのでしょうか。脱セルフネグレクトに効果があればいいのですが、自分自身に不信感を抱きそうです。

そうだ、こういう時は自分の心の動きにナレーションをつけるんですよ。冷静になって、客観的になるために。「今、私は自分の心を疑っている」。どうしても「おまえはもう死んでいる」風になっちゃうんですけど、それがまた面白くて。

 

あ、クラウドコンピューティングの話……。

今日はここで時間切れです。

それではまた。