山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」の過去と現在を行ったり来たり

うつ病「私の場合」 深い落ち込みの理由(その2) 煮えたぎる溶岩

やっと3日前の下書きを開いた山姥です。

では早速、2019年9月25日深夜の私です。

 【 目次 】

 

父の認知症介護、私のうつ病治療…兄弟にかける負担

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3日前の私 

日付けが変わってしまいました。この前と同じパターンです。眠気に勝てずさっきまで寝ていたのです。

今日は吐き気が来ないかわりに鬼のような睡魔がやって来ましたよ。確か7時辺り、ブログを書こうとした時だったと思います。

 

ものすごく落ち込んでいたので、「休みなさい。一旦、考えることから離れなさい」と言われているように感じ、素直に寝ました。

 

今日は父のデイサービス5回目の日でした。毎週水曜日と決まっているそうです。知らなかった私に「言ってなかったっけ?」と薄い反応の兄弟。

明らかにローテンションです。今までも私の前ではいつも素の状態で、強がったり取り繕ったりはしない彼ですが、かなり疲れていることが伝わってきました。

 

先日、彼について少し書きましたが、観察力は鋭くなくても神経が図太いわけではありません。胃潰瘍で血を吐き、一週間入院したことがあります。母の死後、2ヵ月ほど経ってからのことでした。

 

後から聞くと、母の施設変更であれこれ悩んだ辺りから兆しはあったとのこと。

母は病院で命を取り留めたものの寝たきり状態です。でも「できる治療はすべて終えました」ということで退院せねばならず、施設へ。

この時も在宅介護を強く望む兄弟、自分が介護をすると無茶を言い張る認知症の父と、実質的な負担はすべて自分に回ってくるとわかりきっている私の間で様々ありました。兄弟は仕事で家を空けることが多く、父は母に何か頼まれる度に私を呼びつけていた状態です。何をどうすればいいかわからない父が介護などできるわけがありません。

 

結局は医師の「自宅での介護は困難」との見解を聞き入れる形となりました。母は身体にチューブが付いていて、その交換のために通院する必要があったからです。寝たきりの母を安全に自宅から病院へ連れて行くなんて、家族だけではとても無理な話です。

 

通院の送迎サービスがある施設をケアマネージャーさんに紹介され、母も慣れて施設の方たちと仲良くなったのも束の間、今度は送迎サービス廃止のお知らせです。

母が入所した翌月からですよ? それもいきなり。

こちらはそのサービスがあるから頼ったのに、母の送迎がしんどいからやめると言わんばかりの仕打ちです。

 

ケアマネージャーさんが慌てて他の施設を当たる間、専門のタクシーを利用する選択肢しかありませんでした。一回で軽く2万円くらいかかります。続けていたら破産です。

 

幸い、移転先は早く見つかりましたが、この辺りのすったもんだが兄弟にとって一番堪えたようです。ケアマネージャーさんはいるものの、段取り、実行は家族では兄弟一人でやっていたのですから。

 

今はすっかり元気ですが、彼が胃潰瘍になってから、私は負担になりそうなことを言えなくなりました。

 

それでもやっと父を病院に連れて行ってくれて、母の死後、一気に進んだ認知症の治療を始められましたし、今ではデイサービスも利用するようになってくれたのです。

 

そして5回目の今日、初めて気づいたこと。

介護の休養、つまり父と離れている時間が必要なのは、私より彼の方ではなかったのかと。

 

テンションが低いのは仕事に集中している時に声をかけてしまったせいもありますが、その後も静かで、息抜きの時間を得て緊張が緩んでいる雰囲気です。機嫌が悪いわけではなく、「只今、全力で休憩中」な感じとでもいうか。

 

私のうつの話は一度もしていません。今の彼にはまだ話せません。ちゃんと詳しく知ってもらいのですが、あの血を吐いた彼の姿がフラッシュバックします。聞かれたら答えよう、そう思っています。

 

介護うつだからといって、すぐに介護から解放されるわけではありません。治療の三本柱は休養・抗うつ薬での治療・カウンセリングの3つだそうですが、私に可能なのは薬での治療のみです。抗うつ薬の効果に頼りながら介護を続けることになります。

 

私が守らなければならないのは、父ではなく兄弟。

そう思えば何でもできます。

 

~ここまでが3日前の私です~

 

3日後の私

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文章的に説明が足りない部分に加筆・修正、また繋がりのない不要な部分は削除しました。

 

「何でもできます」と書いていますが、現実では何もできません

一昨日辺りまで普段通りの態度だった兄弟が、昨日から私に対して少し優しくなった気がします。思い詰めているのが顔に出ていたのでしょうか。

 

彼に気を遣わせている場合ではないのに。

すべてが逆へ、逆へと流れる。もどかしい。歯がゆい。腹立たしい。

こうしてまた真っ赤な溶岩がうごめき始めます。その正体は自分ではどうすることもできなかった「要因」への強烈な恨みです。理屈でなだめても逆効果です。

 

だから私はブログに書くのです。

自分にブレーキをかけ、他人が書いたものだと思って冷静に読み返し、他の方々のブログを読んで少し自分から離れ、また「本当にやるべきこと」を思い出すために。

人に読まれていると自覚することもブレーキになります。

 

かなり重くなってしまいましたが、大丈夫ですからね。

ここで正直に吐露しているうちは変な考えも起こさないでしょう。

大丈夫です。

 

次回はテーマを変えましょうかね。

と言いつつ、何も思い浮かばない山姥でした。

それではまた。