山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」の過去と現在を行ったり来たり

認知症の父をひとりで看護&介護 でも大丈夫だった私

こんばんは。

やっぱり今日も大丈夫だった山姥です。
 
とりあえず、部屋に戻ってホッとしている私。
 
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黒に黒バックなのも気にせず背中までアピールする私。
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実は朝、アラームでは起きられず、父の方が先に起きていたのですが、家の中にいてくれて安心しました。
 
暗いうちに仕事に出かけた兄弟がどこへ行ったのか、これから食べるご飯は朝食か昼食かなど、同じ質問に何度も答えながら朝食の支度。そして、まず父に食べてもらって薬を飲ませてから、私も自分の部屋で朝食を済ませて薬を飲みました。一人でないと食事ができないのが私の摂食障害の一番の特徴です。
 
急いで父のところへ戻ると、靴下を履いていないことに気づきました。認知症の症状もまだ波があって、衣服をどういう順番で着ればいいのか悩んでいる時もあれば、自分でちゃんと着こんでいる時もあります。今日は後者かと思っていましたが靴下は忘れていたようです。しかも兄弟が玄関に脱いでいったスリッパを履いていました。
 
また同じ質問に答えながら、靴下を履かせ、父のスリッパも探し出して履かせます。
テレビは時代劇チャンネル。以前は好きで見ていた父ですが、最近は眺めているという雰囲気です。登場人物がこんがらがり、セリフの意味や展開が理解できなくなってきているからです。それでも面白いシーンでは笑ったりしているので、理解できないながらも暇潰しにはなっているようです。
 
30分ほど無音の自分の部屋で休んで戻ると、今度は台所に父のご飯茶碗が出ていました。一人で食べたようです。しかも本当にご飯だけを。時々あることなので気にせず、私は料理を始めました。おそらく食べた本人はもう憶えていないでしょうし、「朝ご飯だけじゃ足りなかったの?」なんて尋ねても、悪いことをしてしまった気分にさせてしまうだけですから。
 
作った料理は豚汁っぽいものです。豚肉の代わりに鍋用の鶏団子を入れるので、鶏団子汁ですね。高齢の父が消化しやすい食材ばかり使っています。
ゴボウを入れれば格段に美味しくなるのですが、父が消化に苦しむので滅多に使いません。「滅多に」というのは、ゴボウ好きな兄弟のために、年に一度か二度、入れることがあるからです。その時は父のお椀にゴボウが入らないようによそうしかありません。
 
普段からそうすればいいのですが、料理でさえやっとの私にはそれ以上は無理です。鍋が煮えている音、ガスの音、換気扇の音と空気の流れ。そのすべてを不快に感じながら料理をしているのに、テレビの音も聞こえるし、父に話しかけられることもあります。もちろん言葉は聞き取れません。
 
それでも不安定じゃなかった今日は、父に対して終始穏やかに接することができました。
昼食を終え、また部屋で一休みしていると、兄弟から「予定より早く帰れる」という連絡が。
 
ホッとして思わず外に出てみた私です。
 
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調子に乗って更に大きく映ってみました。
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今日のカエルは優しく微笑んでいるように見えます。「よかったね」と言ってくれているみたいに。
 
兄弟の帰りが待ち遠しく、不安定な場所に乗ってみたりもする私。
 
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首を長くして、と表現したいのに首がない……と思っているうちに兄弟が帰ってきました。
不安定じゃなかったのに、気を張っていたのは確かだったようです。
 
長々と報告しているうちに、もうこんな時間。
まだまだ書きたいところですが、これから夕ご飯を食べて、後は集中して仕事します。
それじゃまた。