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山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」過去と現在を行ったり来たり

『麒麟がくる』最終回 光秀と信長の「本能寺の変」

最終回「本能寺の変」感想 我が敵は織田信長

 

朝焼けの川

 

今回の主要キャスト

 

明智十兵衛光秀 長谷川博己さん

熙子 木村文乃さん(回想)

織田信長 染谷将太さん

帰蝶 川口春奈さん(回想)

羽柴秀吉 佐々木蔵之介さん

柴田勝家 安藤政信さん

黒田官兵衛 濱田岳さん

森蘭丸 板垣瑞生さん

細川藤孝 眞島秀和さん

細川忠興 望月歩さん

たま 芦田愛菜さん

明智左馬助 間宮祥太朗さん

藤田伝吾 徳重聡さん

斎藤利三 須賀貴匡さん

徳川家康 風間俊介さん

菊丸 岡村隆史さん

足利義昭 滝藤賢一さん

正親町天皇(帝) 坂東玉三郎さん

近衛前久 本郷奏多さん

伊呂波太夫 尾野真千子さん

望月東庵 堺正章さん

 門脇麦さん

 

前回の感想で「どんなラストでも受け入れられると思う」というようなことを書いた私。

おぅ、受け入れようとも。

受け入れるさ。

 

た・だ・し。

 

感じたことは率直に書く。

帰蝶、回想シーンだけかよ! とかね。

最終回の感想はもう感じたことだけで構成しよう。

では、詳しい感想は本文で。

 

 

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砂の曼陀羅: サマンサラ

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砂曼陀羅 中編: サマンサラ 

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砂の曼陀羅: 後編

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明智光秀のイメージを変えた功績は多大

 

何と言ってもまずはこれだ。

長谷川博己さんという長身イケメンを主役にした時点で挑発された気分だった。

しかも斎藤道三役は、これまたビューティフォーな本木雅弘さんである。

織田信長染谷将太さん木下藤吉郎(秀吉)は佐々木蔵之介さん柴田勝家安藤政信さん

 

明智光秀だけでなく、様々な人物像を今までにない解釈で描くという、制作陣の心意気を感じたものである。

その思惑通り、すべての演者が見事に役にハマっていく。

観ていてとても気分が良かった。

 

そうして感想記事を書いているうちに、『麒麟がくる』への思い入れがどんどん強くなっていった。

 

川口春奈さんは凛とした美しさ、門脇麦さんはしっとりとした可愛らしさ、石川さゆりさんはお姿も声音も癒しの菩薩様で、南果歩さんはせつない妖しさをまとっていた。

尾野真千子さんは強くも悲しみを抱えた美女。

そして木村文乃さんの幾つになっても愛らしい儚さ。

檀れいさんも優美で…って本当に美女だらけだったんだな、このドラマ。

信長を呪い続ける存在として出演し続けると思っていただけに残念。

 

私のお気に入りは尾野真千子さん演じる伊呂波太夫と、門脇麦さんのだった。

オリジナルキャラクターに一定数のアンチがつくのは仕方がないこと。

私は歴史も好きだけど、ドラマはエンターテインメントとして楽しむので抵抗がない。

岡村隆史さんの菊丸は愛しくなるほどだった。

 

その代わり、ストーリーの整合性や画像と音の芸術性にはうるさいと、自分でも思う。

では、最終回の具体的な感想を。

 

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光秀を謀反に向かわせたのは 信長の狂気? 自業自得?

 

クイズ形式のタイトルで遊んでいる場合ではないのだ。

 

前回の帰蝶(道三)の理論だと、きつい言い方だけど自業自得ってことになる。

でも、それだけだと信長の人格を尊重していないように聞こえてしまうのだ。

愛情を永遠に渇望し続ける信長の人格を

 

信長自身にも責任があることを光秀はわかっている。

少なくとも、子どもが思い通りに育たなかった毒親みたいな発想はない。

信長に毒を盛るのは自分に毒を盛るも同然と言っていたし。

 

あの場面で、光秀も帰蝶も覚悟を持ったものとばかり思っていた。

形は違えど信長と運命をともにするものと。

 

 

川口春奈さん、私は最期まで見守るつもりだったよ。

 

それが、まさかである。

まず、オープニングテーマで「帰蝶(回想)」となってた時点でコケたよね。

思わずTwitterで叫んじゃったよ。

まさか最終回に出演しないとは。

 

このドラマの信長は孤独過ぎる

いや、前回書いたように帰蝶が疲れる気持ちもわかるんだけど、本能寺にはいてほしかったのだ。

 

制作側は、帰蝶がいたら光秀が襲撃するはずがないと考えたのだろうか。

それでも覚悟して襲撃する光秀と、覚悟の上で信長の側に戻る帰蝶を描いても、ストーリーは破綻しないし、見応えがあったと思う。

 

期待し過ぎた一視聴者のわがままと思っていただきたい。

あ、光秀の謀反の話だった。

 

饗応役を解かれて怒り冷めやらぬうちに、足利義昭を殺せと命じられた。

この光秀と信長の場面はもったいつけて小出し小出しにしてたけど、光秀の覚悟を決定的なものした大事な場面

 

むしろ信長が挑発しているのではと思うほどだった。

わしを殺してくれ、と。 

 

光秀が細川藤孝を呼んだのもそのため。

 

「覚悟には 果てはありませぬ」

 

この言葉の持つ重み。

ともに立つか否かという含みを感じ取り、藤孝ははっきりした返事ができなかったもの推測される。

 

藤孝が帰った後、帝の言葉を思い返し、苦悩の嗚咽を押し殺す光秀。

たまに語った言葉からも、光秀が細川家は別の道を行くと認識したことがわかる。

 

光秀に決心させた最後の信長の台詞。

 

「そなたが将軍を討たぬというなら わしがやる。わしが1人で大きな国をつくり 世を平らかにし 帝さえひれ伏す 万乗の主となる!」

 

これはあかんやつ。

狂気そのもの。

世を平らかにするというより、自分に都合のいいように国をつくろうとしている。

邪魔な帝すら排する勢いで。

 

 

丹後に入っていた光秀は、左馬助、伝吾、利三の3人に、予定の備中ではなく京へ向かうと告げる。

京のどこかと問われ。

 

「本能寺。我が敵は本能寺にある。その名は織田信長と申す」

 

迷いのない澄んだ声。

光秀も孤独の中で己の行く道を定めたのである。

 

義を見てせざるは勇無きなり。

そんな次元をはるかに越えた苦悩の末の決断。

光秀を仁無き武将と言える人物はいるのだろうか。

 

光秀の軍勢が本能寺に現れる。

高揚感と緊迫感を煽る、スロー映像と音の美しさに息を呑んだ。

 

「かかれー!」

 

勇ましい光秀の号令とともに戦は始まった。

 

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光秀と信長 せつなすぎる「本能寺の変

 

「そなたが わしを変えたのじゃ!」

 

そう言える信長は、やっぱりピュアなんだと思った。

同時に、光秀を束縛しようとする言葉でもある。

 

足利義昭を殺せという命令を断り、あそこまでバッサリと家臣に駄目出しを受け、信長なら首をはねるか切腹を申しつけそうなのに、光秀には反論するだけだ。

世を平らかにしたら 光秀と茶でも飲みながら暮らしたい…それは本心だったに違いない。

 

光秀を饗応役から解いたのも、家康の出方を見るためであり、もてなされる側が饗応役を指名するなど無礼なことだと思い知らせるためと、信長は言った。

でも、それだけでないことは明らか。

自分にはいつも不服そうな顔で、素直にうなずくことがない光秀が、家康とは親し気に笑顔で会話をする。

嫉妬でなければ、あの場であんな仕打ちはしないだろう。

 

1番頼りにし、喜ばせたいとさえ思う光秀が、自分をないがしろにしているように感じていたのかもしれない。

相手が帝であっても同様なのは、前々回の仕打ちで明白である。

 

  

何度も叩きつけた後、何故こうなるのかと呟いた信長。

帰蝶が言ったように、信長の暴走は本当に「ひとり歩き」なのだろうか。

否。

 

本能寺の信長を見て、そんなことを考えた。

 

「十兵衛か…」

 

そう言ってひとしきり笑い、信長は微笑んだまま続ける。

 

「であれば 是非もなし」

 

とても落ち着いた声がせつなく響く。

一方の光秀も、今にでも落涙しそうなほど、せつない眼をしていた。

互いの胸に去来するのは歯車が狂う前の2人の姿。

 

死を覚悟した信長は穏やかな微笑みをたたえ、悲痛さは微塵もなかった。

悲痛だったのは、炎に包まれた本能寺を見つめる光秀の表情。

 

信長の死に顔は、子どもが眠っているかのように安らかだった。

 

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ラストの解釈 光秀は生きていた

 

 

光秀生存説を採用するにしてもだ、本能寺以降の描き方は残念でならない。

 

 

これも私個人の期待し過ぎに原因があると思われる。

光秀の生死に関わらず、家康が世を平らかにしてこそ麒麟がくるが完結すると思っていたからだ。

 

年老いた家康が茶をすする脇には、なぜか松永久秀の平蜘蛛があり、縁側には謎の老人が耳元で小箱を振っている後ろ姿が…そんな理想を思い描いていたのだ。

 

 

光秀軍が秀吉軍に敗れたとナレーションだけで済まされたが、「敗れた」としか言っていないことに意味があったのだろう。

 

このドラマでは、武将の死に様、散り際というものをとても大切に描いてきた。

織田信秀斎藤道三足利義輝今川義元松永久秀、三渕藤英、そして織田信長

どれも演出を凝らした素晴らしいシーンばかりで、光秀死亡説をとる場合の期待値は上がって当然である。

 

それがなく、場は一気に本能寺の変から3年後に移る。

帝と東庵先生がすごろくをしている場面は観られてよかった。

帝が庭に視線を移す度、かの珍しき鳥に思いを馳せているようにも見え。

 

ただ、駒のシーンは使い古された演出で残念無念。

人ごみの中で光秀らしき侍を見つけて、後を追うシーンである。

侍が子どもたちに与えていたのは干し柿かな?

駒が人ごみを抜けると誰もいなかった。

 

よくあるパターンだと思った、その直後。

 

 

見たことのない羽織を着て、颯爽と馬を駆る明智光秀

散り際を描かなかったのは散っていなかったからだ。

 

ここで「完」。

いやいや「完」じゃないだろう。

でも、あれ以上描くのは無理というものだな。

 

最後のシーン自体はとても素晴らしく、美しかった。

生きてさえいれば、私が理想としていたラストも、延長線上にあり得なくはない。

 

やっぱり、本能寺の変とラストシーンの間が残念だったのだ。

あそこで集中力ぶっつり切れたからね。

もう少し緊迫感を保ってほしかったな。

 

率直過ぎて申し訳ない。

これでも光秀生存説を選択してくれたことには感謝しているのだ。

間違いなく麒麟がくる』は好きな大河ドラマのトップになった。

  

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出演者の皆さんからのメッセージ

 

本来なら、感想を書いてから拝見するところだが、昨夜は我慢できずに長谷川博己さんのメッセージを拝見した。

 

 

長谷川博己さん、すべてに同感です!

そして未読のインタビューもあった。

 

 

 

演じる役者さんの言葉はとても深い。

長谷川博己さんは『麒麟がくる』で明智十兵衛光秀を生き続け、染谷将太さんは織田信長を生き抜いた。

せつない。

 

そして8日に公開された、長谷川博己さん含む出演者の皆さんからのメッセージ。

 

 

今読んだ。

秀吉のことをすっかり忘れていた。

佐々木蔵之介さんの秀吉なら、軍師は不要なのではと思うほど知略に長けた人物像だった。

 

「やればよいのじゃ。明智様が上様を」

 

憎たらしいけど最高だった。

それに、光秀と秀吉のシーンは好きなものばかり。

 

間宮祥太朗さん、誰よりも光秀の側にいて背中を見てきた左馬助

今までずっと左馬之助と書いてきて申し訳ない。

最終回でやっと「之」が要らないことに気づいた。

 

初回から出演の岡村隆史さん演じる菊丸は、光秀とのシーンが多かったね。

最終回は光秀の側にいて守りたいという気持ちが強く伝わった。

同時に光秀も菊丸が好きで、巻き込みたくないという気持ちも伝わったよ。

2人のシーンは本当に癒しだった。

 

癒しといえば堺正章さんの東庵先生。

私も東庵先生が出てくるとホッとするうちの1人だった。

もっともっと光秀と話をしてほしかったな。

 

麒麟がくる』で好きになった染谷将太さん、子役時代から応援している本郷奏多さんには、いつか大河ドラマの主役をしていただきたい。

 

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あとがき 

 

先に総集編の放送情報を。

 

終わった。

麒麟がくる』がとうとう終わってしまった。

 

いろいろと、ああでもないこうでもないとご託を並べたものの、実際は燃え尽きた灰、麒麟ロス状態である。

 

時期大河ドラマはどうするか、まだ迷っている。

録画して観ることは観るつもりだが、『麒麟がくる』並みのボリュームある感想記事は無理だ。

他に仕事ができたためである。

 

まあ、しばらくは麒麟ロスにどっぷり浸っておこう。

それではまた。

 

  

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