山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」過去と現在を行ったり来たり

認知症の父も現在と過去を行ったり来たりの旅人

父の今までと現在 私が初めて知った話も

 

認知症 介護 デイサービス 鬱 うつ病

冬の空(2020年2月13日撮影)

 

昨日は起きたのが今くらい、今日は5時間睡眠でも頭がスッキリしている。

同じ薬を同じ量飲んでも、それなりにバランスをとってくれているようだ。

 

今回はしばらく書いていなかった認知症の父について、報告がてらに記事を書いてみようと思う。

  

 

 

認知症の父が繰り返す話

その1. 幼い頃の話 

本当に昔のことはよ~く憶えているのだ。

出身地区とは私が生まれた家の地区ではなく、自分が生まれ、幼少期を過ごした家の地区のことだろう。

家でも繰り返し話すのは自分が生まれた家のことだった。

 

私が物心つく頃は、既に父は3人姉弟の長男設定。

上の姉、次の姉、そして末っ子の長男という。

本当はその上に3人の兄姉がいる。異母兄弟だ。

 

祖母は女の子1人を抱えるシングルマザー時代に、祖父の2番目の妻として入籍したのである。ちなみに先妻は病死で、祖父と祖母はわりと年の差婚だったと聞いている。

 

祖母が一人で育てていたのが上の姉で、次の姉と父からすると異父の姉という、わかり易く説明したいがややこしい家族なのだ。

 

祖父はそこそこ有名人だったらしいので、金持ちか地区の束ね役か、そういう感じの人だったのだろう。詳しく教えられたことがないので私はほとんど知らない。

あまり触れてはいけない空気というものを、幼い頃から感じていたせいである。

 

父の戦時中の思い出はその生まれた家なのに、祖父が亡くなった時はもう私が生まれた家に移り住んでいたのだ。

祖父が亡くなった時、父は中学2年生。その間に何かがあったのだろう。

「別れた」という直接的な言葉は耳にしたことはないが、祖母と3人の子どもたちが別居していたことは確かだ。

 

ちなみに戦時中の思い出は3~4歳くらいの頃の話で、空襲警報が鳴る中、家の屋根に上ってB29が飛んでくるのを眺めていて、大人たちが大慌てだったという話だ。

 

「すんげえなぁ、ずぅっと向ごうがらよ、グォオオオオオって、いっぺぇ飛んでくんだっけぇ」

 

もう何百回かは聞いた。

怖そうでもなく、かと言って面白そうでもなく、ただ驚いて呆然と見ていた様子が窺える話し方。

 

今の空港は別に、元々飛行場のある市で空襲は多かったようだ。終戦5日前、市の中心部は大空襲を受け多くの犠牲者が出ている。

 

そういう話はするのに、父は家族についての話は一切しないのだ。

それが認知症になってから、記憶を確認するように私に漏らした言葉がある。

 

「俺だづ(俺たち)はあっちさ住んでで、出されで○○さ来たんだよな?」

 

○○は私が生まれた地区。動揺はあったが笑って答えた。

 

「私が生まれる前の話だよ? 全然わかんないって~笑」

 

出されだ……つまり、離縁され家を追い出されたという意味だ。

父は子どもだったので難しい話を聞かされていなかったものと思われる。

だから最近になって確認したがるのではないだろうか。

 

何にせよ、そんな気はしていたものの、生まれて初めて知った事実であった。

 

私が大きくなってからも父の異母兄姉2人とはつきあいがあったが、既に亡くなり、祖父の跡を継いだお館である長男とは会った覚えすらない。

年齢を考えれば亡くなっている可能性が高く、そうだとすれば跡を継いだのは顔も名前も知らない従兄弟なのだろう。

 

ともかく、本当は6人兄弟の末っ子なのに、3人姉弟の長男として育ったのが父である。

 

 

 

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その2.青年期(20代前半?)の話

父は若い頃に家出をしていた期間があり、その頃の話も初めて聞いた。

なぜ家出に至ったかを書いた記事を探したのだが……自分で書いたのに憶えておらず時間が過ぎるだけ。

 

うちの父のことなんて聞いてもしょうがないと思うが、一応、要点を順に箇条書きにする。

 

  • 中学2年生の時に父親が亡くなる(既に別居していた)
  • 高校球児で新聞にも取り上げられるような地元の有名人になる
  • スカウト陣が見に来たものの結局プロ入りは果たせず(惜しくも甲子園出場を逃していた)
  • 進学校(私と同じ母校)だったが経済的にも大学へは行けずに就職
  • 有名人であるが故の苦悩からか職を転々とする
  • ついに何も言わずに家に帰って来なくなる

 

という感じ。

ある日、ひょっこりと「ただいま~」と帰って来たそうだ。

数ヵ月か、数年かはわからない。

 

ちなみに母を中心に書いた記事に、その後のことなどを書いたはず。 

www.yamauba.work

ご興味がおありの方は是非。

書いたのは昨年2月、やはり当時は ですます調 で書いている。

 

で、家出した父であるが、その間のことを認知症になって初めて話したのだ。

 

「世話になったおんつぁん(おじさん)がその辺さ棲んででよ」

 

正確さは置いておいて、父はこの近所にいた一人暮らしのおじさんと日雇い仕事で知り合い、意気投合して一緒に住まわせてくれたと言うのだ。

部屋は狭く、外で(おそらく七輪で)魚を焼いてくれたというエピソードも。

 

80歳が「おんつぁん」というお歳だと、お元気な場合、現在100歳は超えてらっしゃるだろう。

 

「どごだっだが探すっ気してよ」

 

どうりで、ここに引っ越してきた経緯について確認したがり、「誰がの世話で」とか「世話んなった人」というキーワードが何度も出てくるはずだ。

父が自分で探し、店舗兼住宅のこの家を見つけたのに、頭の中には昔お世話になった人の顔が浮かんでいる様子。

 

だから外に出る理由を「確認するっ気した」とよく言う。

 

テレビで拝見した認知症のご婦人は、亡き夫と初めて暮らしたアパートに帰ろうとして家からいなくなるという。

 

昔への旅をしているのだ。

きっと、父も、そのご婦人も。

 

 

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父にとってデイサービスは楽しい場

本人が「楽しい」と言ったわけではない。

帰って来た時にはもう忘れているのだから。

 

連絡帳なるものがあり、職員の方がデイサービスでの父の様子を記録して渡してくれるのだ。

例えば次のような一文があったりする。

 

「同じ出身地区の方がおられ、とてもお話が弾んでいました」

「ダジャレを言って女性陣にウケると嬉しそうに」

「トランプをしている時、いつもの名言が飛び出し大盛り上がり」

「協力してパズルを成功させると気分良さそうに喜んでいました」

 

もちろん一言一句そのままではない。

こういう感じであるという要約文。

 

これが外での本来の父である。

社交性は豊か、求められればリーダーシップも発揮し、常に場を盛り上げて気配りを欠かさない。

家での本来の父は今回は書かない。

鬱に障るので。

 

体調が悪い時は施設でもピリピリして機嫌が悪いらしいが、これは昔からである。

まだ認知症になる前は、変に機嫌が悪いと葛根湯を飲ませていた。

すると機嫌がよくなる。

 

元高校球児で社会人になってからも野球を続けた強靭さ、体調が悪そうな時はほぼ風邪のひき始めなのだ。

施設の方も理解してくれていて、その点は本当に申し訳なくもあり、ありがたくもある。

 

経済的な問題がなければ、通う日数を増やしてやりたいが、今は週一がやっと。

要介護度2の、まだ自分で歩ける今の状態をできるだけ長く維持してもらいたい。

歩けなくなったら在宅介護は不可能だ。

 

ん~……自分の気持ちがよくわからない。

ただ、自分が介護が無理だという事実だけが芯にあり、あとはもやもやしている。

葛藤というものかもしれない。

 

 

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まとめ

自分の障害者年金申請手続きで頭がいっぱいで、父について、介護についてはあまり書けない日が続いたように思う。

 

父の近況を報告できてよかった。

 

私にはまだ難関が残されている。

前の病院に通っていた記憶を掘り起こし、文章にすることである。 

改めて感じたのだが、あまりにも記憶があやふや過ぎる。

最後の方だけはしっかり記憶に刻まれてしまったが、いつ頃、自分がどうだったかなんて私が思い出せるわけがない。

 

素直に記憶が曖昧なことを冒頭で断り、憶えている限りのことを書くしかない。

ただ一つ、母の介護の壮絶さを書くべきか悩んでいる。

書くべきなのはわかっていても、それが原因にされてしまうのは抵抗があるのだ。

 

あの用紙では書き切れないと思ったが、よく考えたら通院していた期間の話だけ書けばいいのだから……何とかなるっしょ!

そうです、今日も書けませんでした!

 

苦痛の手紙を書いたおかげか、あの医師でさえ、すぐに書いてくれたというのに。

しかも今の先生にお願いした診断書と同じ値段。

だったらさ、無駄に傷つけなくても良くない?

 

「時間かかるよ」

 

電話越しでのあの冷徹さと言ったらもう~……まさかのツンデレ?

あ~もうやめよ、今夜はもう考えない。

 

毎回まとめにならず申し訳ない限りでござる。

それではまた。

 

 

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