山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」過去と現在を行ったり来たり

認知症の父と介護うつの私の記録【後半グダグダ】方言で思い出した話

今日のひとり介護も終了。

でもまた次がある。

そして無理もある。

でもやる。

【 目次 】

 

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認知症の父と介護うつの私の半日

昨日の空

昨日の空

 

重くはならないつもりの今日の記録。

午前中には起きることができたが、昼に近い時間だった。昨夜飲んだ睡眠導入剤ゾルピデムはなかなか効いてこなくて寝つけなかったのである。寝るまでに2時間はかかった。それってゾルピデムの効果がなくなってからでは?

 

私の場合」、ゾルピデムが効かない時は抗うつ薬サインバルタも効力を発揮していない場合が多い。昨夜は自覚できる不安程度がいつもより小さかったので、効いているのだと思っていた。

そう簡単にはいかないよね。表に出る不安定さは和らいでも不安は常にある。カチッとライターを点けたら一気に爆発しそうな不安が。

 

でもうつ病治療を始める前よりはマシになってきているのも確か。

地道に治療を続けるしかない。

 

そのようなわけで、起きて行ったらダイニングはやはりハプニングだらけ。

私が早く起きて世話をできなかったのだから仕方がない。

いろんな物の位置が変わっている、4~5杯分はあった汁物の鍋は空。ご飯の残りもギリギリ2人分。

 

どんだけえ~~~???

 

ちょっと前回の終わりを引き摺っているが、マジでどんだけ食ったのさ? と驚くよ。

父は点いていないテレビの前の椅子に座っていた。珍しく衣服は今日は自分でちゃんと着ていた。

私はやはり3時間ルールで消えているストーブをつけ、テレビもつけ、家事開始。

 

ブラザー用のウェットティッシュがあちこちに置いてあり、中はすっかり空になっている。オーブンの扉を開けて掛けてあったので、おそらく湿っているから乾かそうと思ったのだろう。で、オーブンの中にはガラスの空き瓶。使い方を知らないので置き場所として利用したのだろう。

ガラス瓶が置いてあった場所には、空にして洗ったつもりの鍋があり、ご飯用のヘラは菜箸を乾かす場所に移動してある。干しまくっているウェットティッシュを回収し、他の物も元の場所に戻したり捜索したりしながらの家事であった。

 

私の椅子には、従兄の奥さんが送り主のお歳暮が置いてあった。どうやら店舗を開けていて、たまたま宅配業者が来た模様である。

 

「そいづ、何や?」

 

受け取った本人は憶えていなかったが、宅配業者の手間を思えばグッジョブ! なマイファーザー。後で知ったが、昨日もブラザーが家を空けた時、親戚からのお歳暮を受け取ってくれていたようだ。

宅配業者だからいいが、不審な人物が父1人の時に来ませんようにと祈るばかり。

 

たっぷり食べただろうから、控えめな食事を準備して「昼食」を済ませてもらう。薬も飲ませ、やっと自分の時間である。

後片付けや何やらで何度も様子を見に行きつつ、私はブログ巡りで気持ちを落ち着ける。昨夜からだが、やたら多くの皆様にコメントをつけた気がする。またやらかしていなければいいのだが……。

 

父に関しては、私が前期の冬のように朝早く起床できれば済む問題である。

早く起きるには早く寝ればいいのだ。そんなことは言うまでもない。

 

しかし、そうしたいと本気で思っているのに、潜在意識の中で確実に拒否している。介護うつなのだから当然でもあるが、この潜在意識に抗うつ薬が勝る日は果たして来るのであろうか。

来ないね、うん。来ない、来ない。

 

そう思っていた方がなぜか気が楽だと気づく。

逆なのになぜ?

 

いや、今は頭と精神を休めよう。

今夜はもう父の介護のことは考えない。

そう、すべては……

 

まぼろしぃ~~~!

 

ということで次にいくわよ。

 

方言の話 面白いかと思って書いたらそうでもなかった

空

楽しい思い出話を書いてみようと思ったまではいいけど、ディスプレイを睨んだまま30分くらい固まっちゃったわ。

 

違うわよ、画像のコーナーじゃないからね。

ただこの方が乗りやすいことに気づいちゃったのよ。

 

私がまだ22か23歳の頃ね、大手百貨店の支店が市内にできたの。大量にアルバイトが募集されて私もバイトすることになったのよ。

オープン時はお祭りのような人出だったわ。こんな田舎にあの百貨店ができるんですもの、そりゃ当然の騒ぎよ。

 

売り上げも好成績で幹部はニコニコだったんだけどね、弱り果てていたのは売り場の正社員たち。正社員から上は皆、本店や他県から配属された人たちだもの。勘のいい人ならもうおわかりよね? 彼らの悩みはただ一つ。

 

方言がわからない( ;∀;)

 

ってことで接客が困難だったこと。

おじさんおばさんくらいなら標準語に合わせられるけど、おじいちゃんおばあちゃんとなると標準語に変換して会話できる人が少なかったのよね。

今のおじいちゃんおばあちゃんは違うだろうけど、そのおじいちゃんおばあちゃん世代となるとね、方言でしか喋ったことがないわけよ。

 

「た、頼む、通訳してくれ……」

 

って何回言われたことか。

私をネイティプだと思ってたんでしょうけど、実は私、ちっちゃい頃に横浜に住んでたのよ。そんなに長くはないけどね。

幼稚園児の頃にこちらに帰ってきたわけだけど、そりゃもう幼児にまで浸透してる凄まじい訛りに半端なく衝撃を受けたわ。幼児同士で会話してるうちにわかってきて、私も真似するようになったの。

 

あと祖母がいたからね。祖母はわりとソフトな訛りだったけど、やはりわからない言葉もたくさんあったわ。

でも子どもって順応するのが早いじゃない? あっという間に方言クリアよ。

抵抗があったのは、女性も自分を「オレ」とか「ワシ」とか言うことね。さすがに現在では、よほどのお年寄りでなければ使わないわよ。

 

そんなわけで純粋なネイティブとは言えないけど、正社員たちよりは耳慣れているから大丈夫。

ふっ……そう思ったのが甘かったわ。祖母がよほど私たちに気を遣って喋ってくれていたことを思い知るほど、この私でさえ……

 

ヒアリング不可能。

 

アンビリバボーよ。他国語にしか聞こえないんだから。

でもそこは地元人の意地ね。手振りや、たった一言理解できた単語から推察して謎を解き明かしていくわけよ。通訳し終わった時の達成感といったらもう……。

接客で大活躍したのは地元のバイトたちだったわ。

 

正社員たちはおじいちゃんおばあちゃんが来ると恐れて離れるようになったの。指示されるまでもなくバイトが接客。

時給も高くて私なんてフルタイムだったから、バイト期間だけでごっそり稼げたわ。

 

母の実家は沿岸地方なんだけど、イントネーションがこっちと全然違うし、なんか可愛いのよね。

 

例えば驚く事実を聞かされて、標準語だと「ええ? なんだって?」となる場合。

うちの地元なら「はぁ? なんじょしたっで?」とちょっと響きがきつめ。

でも母の地元は「あらぁ~まぁ~なぁ~んとした」と呑気にも聞こえそうな柔らかい驚き方なの~。

 

焼けてるのか自黒なのかわからない強面漁師の叔父もよ~。

可愛くな~い?

こっちはきつく感じることもある方言で、あっちは全体的に可愛い方言なのよ。でも共通してる言葉もいっぱいあるの。

 

例えば「おやかた」。

親方」と「お館」の使い分けね。そう、当主を「お館」って呼ぶわけ。これが子供の頃は意味がわからなくてねえ。大工さんの親方っていっぱいいるんだな~って思ってたのよ。

しかも母の実家の跡取りは大工の親方でもあったから、どっちも当てはまるわけじゃない? どっちも正解なわけじゃない?

こっちじゃ祖父の跡目を継いだ本当の長男が「お館」って呼ばれてて、私は会ったこともないからず~っと大工さんだと思ってたって話。

 

ちなみに発音は「おやがだ」よ、よろしくね。

 

やだ、ごめんなさ~い。

あんまり面白い話でもなかったわね。

今日はここまでにしとくわ。

それじゃまったね~ん。

 

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