山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」の過去と現在を行ったり来たり

落ちて不安定な最中、何故かまともに語る「介護うつ」について

やってきましたよ、うつ状態と不安定大会。

昨日まで明るかった反動か、とてつもなく大きなうねりです。

サーフボードに乗って軽やかに乗りこなしたいもんだねえ。

【 目次 】

 

 うつ病治療 本日の経過

暗雲立ち込める住宅街

雲に覆われた住宅街(2019年7月撮影)

 

朝はよかった。

落ち込んでないし気分もフラット。家族と会話もできた。

朝の薬、サインバルタ40mgとモサプリドとアルプラゾラムを飲んでからも調子はよかった。

 

でもしばらくすると急に疲労感が襲ってきた。サインバルタの副作用なら、まず気配もなくどどーんと睡魔がやってくるはず。

今日は違った。感じるのは疲れと倦怠感。

昨日まで目を酷使したので不思議ではない。疲れているのだと、座ったまま背後のベッドにもたれかかる。

 

目が覚めたのは2時間後。やりたいことが山積みなのに時間を無駄にしたと思った。2時間もあれば一つの仕事は確実に終えている。

2回目の薬を飲む時間になっていたので、食事をしていて、なんとなく違和感。

頭の働きが普段より明らかに鈍い。

 

変な体勢で寝てしまったせいだろうと思い、薬を飲んでしばらく休む。

飲んだのはアルプラゾラム0.8mg。不安と緊張を和らげる効果がある。

 

ところがだ。 

急に落ちた。ずっどーんと。

 

胃腸の調子がいまいちなので消化できていない可能性も考え、軽く腰回し運動をしたり身体を反ってみたりしてみる。結果、胃はすっきりしてきたものの、ますます落ちてきている。

 

うつ状態の私が顕わになった。

 

実は明日は父と2人で留守番の日。

もう平気かな? なんて昼頃までは気楽に考えていた。

そんな簡単に治るはずないのにね。

 

私のうつ病は小学生の時からずっと蓄積されてきたもの。もう約40年?

こんな遅過ぎる治療があるだろうか。

はっきり「手遅れ」と言ってもらった方が楽かもしれない。

 

このブログの意義&「介護うつ」に思うこと

ただ、一つだけ救いがある。

このブログだ。

情けなくてみっともなくて、薄汚い醜悪な自分。すべてを晒すと公言している。

だから、うつ状態でも正直に心境を書ける。それは特定の身内への恨みだったり、自分へ向けた呪いの言葉だったり、読む側としては決して気分のいいものではないだろう。

「闘病記」といえば、前向きに、そしてひたむきに病気と向き合って闘っているものが好まれる。そんなことは百も承知で私は逆を突き進んでいるのだ。

 

特に「介護うつ」となるとデリケートな扱い。

ランキングサイトを見ていると、このブログの読者の傾向が面白いほどはっきり浮き彫りになっている。人気があるのはメンヘル日記などのメンヘル部門。一方で介護をしている方たちはやはり読みたくないらしい。

介護うつなので「介護」のあるジャンルに登録しているが、変更するつもりでいる。勇気づけられるブログ、参考になるブログが求められているのだろうから。

 

私と違い、「介護うつ」と堂々と周囲に告げることに罪悪感を抱く人は多いだろう。それどころか自覚のない人が多く、病院にさえ行っていないのではないかと思う。心中事件などを見る度に感じることだ。他人事ではないだけに。

 

自覚のない人は病院へ行くという発想はまず抱かない。そして、そういう人ほど「大丈夫」「できるから」と周囲には取り繕ってしまうものだ。

介護について一番話ができるのはケアマネージャーだろうか。ケアマネは相談すれば親切に対応してくれるが、家庭に踏み込むような権限は持ち得ないだろう。

 

要するに、自覚のない介護うつ患者は、家族がいても孤立するしかなくなる

そういった実態が数々の悲劇を生み出しているのが現状なのだ。

 

実際、私も介護うつと診断されたものの、介護から離れるわけにはいかない生活を送っている。でも家族が知ってくれたおかげで気遣ってくれる。これだけでも以前とはかなりの違いがあると実感する。

 

それまで、どんなに苦しかったか。

介護者本人以外にも知ってほしいのだ。「介護うつ」という化け物がいるということを。小学生からうつを蓄積してきた私と違って、早い段階で気づくほど回復も早いはず。

 

こんな不安定な気持ちでよくここまで書けたと思う。

申し訳ないが、親切心や優しさとは無縁の行動である。

こうして人様の心配をしていると、自分から目を背けていられるのだ。

つまり自分のためでしかない。

 

でも、思いが届いてほしいとは願っている。

介護で辛いことを我慢している人にはもちろんだが、今は介護と無関係な人にも。介護する相手がいなくても、いつか自分が介護される立場になるかもしれないから。

 

介護者と要介護者の間でもっとも重要なのは相互理解である

2回目の介護中の私の言葉だから信じて欲しい。

しかも2回とも失敗した私の言葉だから信じて欲しい。

要介護者が意思疎通不可能になる前にしておくべき、もっとも重要なポイントだ。ほとんどの場合、ここをすっ飛ばして、当然のように介護を始めてしまう。

 

まあ、この辺をくどくど書いても上から目線の説教臭くなってしまうのでやめておく。

 

うつで不安定な方がまともなんじゃ? と思ったそこのあなた。本番はこれからですよ。

 

この記事は単独でこのまま更新します。

それではまた。