山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」の過去と現在を行ったり来たり

介護うつ患者が介護する日(その2)不安と安心と早めの落ち込み

こんばんは、山姥です。

疲れました。

そして当然にようにやって来た眠気に逆らうことなく眠りました。

 

花と石灯籠とカエル

 

兄弟は早めに帰って来ました。

途端にすーっと軽くなる心と身体。

不安も苛立ちも、薬が効いていないせいではなかったようです。

 

小鉢の件は彼が数日前に割ってしまい、目につかない場所に置いていたものでした。

父が見つけて、なぜかガスコンロの上に置いただけ。

割ってしまったという言い方から、追究しなくても大丈夫なパターンだとわかりました。

 

昼食の準備に行ってから、兄弟が帰ってくるまでの心の動きが思い出せません。

何を食べさせたかは憶えているのに、まるで心が現実を認識することを拒否していたかのような感覚。

母の時はずっとこうだったんだなと他人事のように思います。

 

自分が昼食後の薬を飲み忘れていることに気づき、何か一口でも食べてから…と下に行くと、電話で商談をしている兄弟の声が。

日曜日に持って行く品をお客さんに説明しています。

そう、また日曜日……。

 

部屋に戻り、少し食べて薬を飲むとすぐに眠気が。

軽くなったはずの心は重く沈んでいました。

 

目が覚めるとはっきりと落ち込んでいます。

明後日のことで、もう……?

自分に愕然としつつも、軽い吐き気を伴う強めの空腹感があり、これも逆らって食べないと吐き気が強くなるパターンだとわかりました。

どれだけ落ち込んでいても薬のおかげで食べられるわけです。

食べるしかないわけです。

生きる体力を失わないように。

 

頭痛がします。

小中高の頃を思い出すような。

よく生きたね、小中高の自分。

高校は通信制に編入して、結局4年間も高校生やったけど、スクーリングに通うのさえ倒れかけながらだったね。

人目もはばからず、電車の座席で横になったこともあった。

よくやったよ。

よく生きた。

 

今、落ち込んでる私を見たら絶望するだろうね。

でもね、これがキミが生きることを選んだ結果だから。

 

まあ見ておいで。

このままじゃ終わらないからさ。

こんな不安なんて、しばらく泳がせといてガッと締めてやるよ。

 

自分の影 もうひとりの自分

途中からナレーション入っちゃいました。

この画像は前回か前々回に無言で載せましたが、私の影です。

太陽の下を歩ける季節になった記念に撮影。

 

公園でこれです。マスクもしっかりしてます。

不審者だと思われても納得の影。

 

でもね、フード付きの薄ピンクのショート丈ジャケットと、デニム素材の地味にお洒落な帽子なんですよ。

買ったのは、まだ服を選ぶことが楽しい気持ちがあった頃でしょうね。

〇十年前と素直に言いたいのに本当に憶えていません。

 

ああ、言いたいのはこの画像がお気に入りだということです。

一枚目の画像もそうですが、またいつか出てくると思います。

 

支離滅裂でごめんなさい。

今日も生きた。

明日も生きるし明後日も生きます。

それではまた。