山姥の戯言日記

セルフネグレクトの介護うつ闘病記 「私の場合」の過去と現在を行ったり来たり

不安定な夜の戯言

こんばんは。

今日は勢いのない山姥です。

 

Twitterと連動して介護の話題を書こうと思っていましたが、初めてのデイサービスから帰宅した父の一言で、気力が大幅にダウンしました。

 

これではヤバイ!ということで、全然違うことを書きます。

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近所じゃないけど好きなベンチ。

 

居場所にはならない。でも逃げ場にはなる。いっときかもしれないけど、それは何より尊いいっとき。

 

逃げてもいいんだって、小さい頃から知ってたらな~…と悔やんでいるぶっ壊れた大人だから言えること。

 

逃げていいんだよ。

誰かに守ってもらっていいんだよ。

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落ち着きたいだけなら、こんなせせらぎだってあるし、

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真昼の月は、隠れている無限の可能性を示唆してくれてる。

 

知らないだけでね、生き方にはいろ~んな道がいっぱいあるんだ。辛いのに、怖いのに、今いる場所にとどまる必要なんてないから。

 

人にどう思われたっていいじゃん。自分ひとりで、自分の足で歩く、自分だけの人生なんだからさ。意味なんて、後から勝手についてくるよ。

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こんなショボい田舎の道でも、一歩踏み出せば自分の行きたいところに行けるんだ。行きたいところがなくても、ちょっと歩いてみなよ。

 

嫌ならいいんだ。無理に歩けとはいわない。

 

でも忘れないでね。逃げることは悪いことじゃないって。

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はい~、ここまで!

このように、私はたまに発作のように大昔の自分に語りかけます。病んでる感満載ですね。まさに戯言。

 

でも文章にして客観的に自分を見ることができ、少しだけ落ち着きます。

ちなみに今日載せた画像はすべて5月に撮影したもの。最後のは小雨が降った朝の、雨粒が残るうちの花です。背が低くてちっちゃいので、雨粒が大きく見えますね。

 

今日は本当に不安定な山姥でした。

それではまた。